Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

あわじ花さじき

菜の花の頃のあわじ花さじきと大阪湾の景色

 淡路では、過去に花の万博が開催されたが、ここも花に関連する入園無料の施設で、標高250m前後の丘陵地に、南北約500m、東西約300m、面積約15haにわたって花畑が広がっている。開園は、明石海峡大橋の開通前日の1998年4月4日。

 一面に広がる花畑は、季節によって彩りを変え、来る度に違う印象がある。周囲の花畑からちょっと高くなっている展望台に登れば、花畑の豊かな色彩と少し霞んだ大阪湾が、非常に良いコントラストとなっている景色が広がっていた。更にふと左に目をやれば、となりの牧場で牛が草を食んでおり、伸びやかな景色も相まってとても長閑な気持ちになる場所である。

 立派な道が付近を通っているような良いアクセスを持っているわけではなく、ただひたすらに巨大な花畑という場所ではあるのだが、実は実際の来場者数が当初の目標数の2倍になっているという、超優良観光スポットなのは意外と知られていない。この人気により、周辺道路の整備等に予算が下り、今後はアクセスももっと良くなるだろう。個人的には、近くを通った際にはついつい立ち寄って、何故かいつもアイスクリームを食べてしまう場所となっており、密かな定番スポットとなっている。こんな人が多いのかもしれない。

 

最終訪問日:2017/3/25

 

アップかんなべ

 神鍋高原にあるスキー場の中で、一番麓に近いスキー場。

 噴火口が残る標高469mの神鍋山の東南麓に位置し、メインとなる山頂コースの他に、なだらかな緩斜面が長く続くうえ野平、中級者用のみやの森、北壁と呼ばれる上級者用のコースがあり、主にこの4つのコースで構成されている。これらの滑走ゲレンデに加え、麓にキッズエリアがあり、ファミリー層や初心者に最適なスキー場と言えるだろう。

 また、最近は夏のアクティビティも充実しており、定番のキャンプ場やグラススキー場はもちろん、MTBコースや気球体験などもあって、年間を通したアウトドア体験を提供する場所になっている。

 スキー場のコース別の性格としては、うえ野平コースは、超がつくほどの初心者コースで、これだけフラットで緩斜面が続いているのも珍しく、誰かを教えるのにはもってこいのゲレンデだろう。このうえ野平を滑りながら右手に見えるのが、上級者用の北壁コースだ。距離は短いが幅が広く、まさに壁という名前が相応しいほどの圧迫感がある。

 スキーを始めた当初はこの北壁を征服したいと思っていたが、そのまましばらく行っていないので、久しぶりに本気で滑りに行きたいコースだ。ただ、アクセスが良く、初心者用ゲレンデが充実しているという特徴から、家族連れが非常に多い為、平日などの人が少ない日でなければ、そこそこ滑ることができる人は消化不良になってしまう恐れもあるだろう。そこだけが難点ではある。

 

最終訪問日:1992/2/8

 

 

幼い頃は、親に連れて行ってもらう定番のスキー場でした。

スキーが上手かった親にしてみれば、消化不良のコースやったんやろうな~

親に感謝!

 

東条湖

東条湖全景

 東条湖ダム湖の名前だが、一般的に東条湖と言えば、東条湖周辺のリゾート地帯を指す。東条湖自体は、名前から東条川のダム湖かと思いきや、東条川の支流である鴨川に設けられた鴨川ダムによるダム湖で、堤高43.5m、堤頂長97m、湛水面積0.543km2。ただし、現在は大瀬川ダムからの導水路が造られている為、東条川の水も間接的に流れ込んでいる。

 鴨川ダムは、利水が進んでいなかった加古川水系の農業利水施設のひとつとして計画され、戦後の食糧不足を背景として1947年に着工された。GHQの支援も受けたダム自体の竣工は、4年後の1951年11月だが、頭首工や用水路の工事が続けられ、東条川農業水利事業全体が完工したのは、開始から17年後の1964年である。ちなみに、当時の農林省所管では、鴨川ダムは最初のコンクリートダムであった。

 ダムの完成後、湖の形から名前を雲竜湖にする案もあったが、地名を採って東条湖と名付けられ、周辺が県立の自然公園に指定されるなど、次第にリゾート地化が進むようになる。東条湖は、山の中のダム湖ではなく、周囲の山々が低く視界が開けており、ダム湖ながら風光明媚な湖だったからなのだろう。

 高度成長時代に入ると、リゾート開発も進み、1966年からは別荘地としてダム湖周辺の分譲が始まったほか、その3年後には東条湖ランドという遊園地が開園し、周囲には複数のゴルフ場やホテルが造られ、ダム湖には遊覧船が浮かぶなど、関西有数のリゾート地となった。平成に入ってからは、高度成長時代の観光トレンドの転換もあり、客足は一時期よりも低下はしているが、I.C.開設によるアクセス改善もあってキャンプ場やフィッシングなどで訪れる人も多く、観光地としての存在感は健在である。

 

最終訪問日:2021/5/4

 

 

兵庫県東条湖と言えば、遊園地にプール、別荘など、観光地としては結構「強い」んですが、大阪の人でも、小さな子供さんがいる方だと行ったことがあるという人が多くて、県外でも結構知られているみたいですね。

意外でした。

まぁ、大阪を商圏に取り込まないと、長くやっていけないですよね。

なんだかんだ新陳代謝しながら、今後も観光地として存在していくんでしょう。

個人的には、かつて浮かんでいた遊覧船に乗ってみたかったな~なんて思います。

 

城崎温泉

大谿川沿いに並ぶ城崎温泉の街並み

 湯村温泉と共に山陰東部、兵庫県北部を代表する温泉。

 開湯の伝承としては、舒明天皇の治世(629-641)にコウノトリが傷を癒していたのを見て発見されたとも、道智上人が病に苦しむ人々の為に千日修行を行った後の養老4年(720)に湧出したとも伝わるという。コウノトリの伝承は外湯のひとつである鴻の湯に、道智上人の伝承は同じくまんだら湯に伝わる伝承である。ちなみに、この道智上人は、後に観音菩薩のご本尊を得て、城崎温泉の守護寺となる温泉寺を開いた僧侶でもあり、開湯の伝承はともかくとして、城崎の街は道智上人の時代に原型ができたのだろう。

 城崎温泉と言えば外湯巡りで、上の2つの外湯のほか、天下第一と称された一の湯を始め、御所の湯、地蔵湯、柳湯、さとの湯の計7つあり、温泉宿泊者であれば無料ですべての外湯を廻る事ができる為、それが名物となっている。ただ、外湯によって源泉が違うわけではなく、4つある源泉はひとつにまとめられて管理され、外湯や宿泊施設に供給されているという。泉質は、ナトリウム・カルシウム-塩化物・高温泉で、各施設に供給されている温度は42℃だが、源泉温度は37~82℃と、ばらつきがあるようだ。

 温泉街としては、江戸時代からすでに高名で、温泉番付として残るものには、有馬温泉に次いで西の関脇に挙げられている。その評判を慕い、庶民はもちろん近隣の藩主や藩士がよく訪れ、幕末には出石に潜伏した桂小五郎も立ち寄ったという。明治に入ると文豪達が温泉を愛し、「城の崎にて」を書いた志賀直哉が真っ先に挙げられるだろうか。

 城崎温泉の温泉街は、JR城崎温泉駅の西側、大谿川沿いの柳並木の範囲で、徒歩で回ることができる程度にまとまっているが、昭和の温泉ブーム以降、宿泊施設が温泉街の外にも設けられ、丸山川沿いにまで広がった。近年は、その外側の宿泊施設に再編や再開発があるが、外国人にも人気がある温泉であることに変わりはない。

 温泉と言えば、浴衣に下駄ではあるが、外湯として温泉街を巡る宿泊者が多く、これほど浴衣と下駄が自然な服装として根付いている温泉街はないのではないだろうか。訪れると改めて感じるが、川沿いの柳並木と古い町並みには、やはり浴衣が映える。

外湯のひとつである地蔵湯

 

最終訪問日:2021/8/15

 

 

仕事でもプライベートでも訪れたことがある温泉で、兵庫県では有馬、湯村、城崎がBIG3ですね。

同じ温泉街でも、有馬は華やか、湯村は古風、そしてこの城崎は雅趣というイメージがあります。

個人的には、次に行った時には、駅前にあったレンタル屋で電動バイクをレンタルして、温泉街の中や外をブラブラしてみたいですね。

 

吉川温泉

 三木市吉川町から名前を取った、よかたんという温浴施設にある源泉。よかたんは2002年3月9日にオープンし、2007年12月5日にリニューアルされ、人気の源泉風呂が増設された。

 地下1500mから湧出する源泉は2つあり、源泉風呂に使われている含二酸化炭素・ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩強塩泉と、内湯や露天風呂、足湯に使われているナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉である。単一の温浴施設としては、源泉が2本もあるというのは非常に贅沢な構成だろう。特に含二酸化炭素の俗に言う炭酸泉は、その存在そのものが珍しく貴重なのだが、炭酸含有量も日本有数で、より貴重な温泉と言える。

 温浴施設としての構造は、木をモチーフにした福の湯と、岩で構成される幸の湯があり、週によって男女入れ替えとなっているようだ。このほか、予約制の家族風呂があった。訪れた時に入ったのは幸の湯だったが、内湯、露天風呂共に割とシンプルな構造で、内湯は、大浴槽と源泉風呂、サウナ、水風呂で構成され、露天風呂は、滝状に湯が流れ込む岩風呂と源泉風呂、壷湯の3種類である。また、畳敷きの休憩スペースや食事の販売もあり、ゆっくり温泉と食事を楽しむ事も可能だ。

 よかたんに関しては、源泉風呂が非常に人気でなかなか入れないという話を聞いていたが、訪れた時は運よく待たずに入ることができた。源泉風呂に使われている炭酸泉の湧出温度は32.2℃、湧出量毎分50.5Lで、湯はぬるいながら加温されていると思われるが、やや茶色掛かった源泉が掛け流しとなっており、非常に贅沢である。ただ、炭酸泉ではあるが、湯の中に泡は多くなく、浴槽への注ぎ口からゴボゴボとという音が常に出ているので、大半はガスとして抜けてしまっているようだ。その為、源泉風呂に使っていると、炭素ガスでしばしばむせそうになるのだが、それもこの源泉の味と言えるかもしれない。

 

最終訪問日:2022/8/25

 

 

よかたんには2度ほど行ったことがあるんですが、いずれも猛烈な人の数で、待つことすら諦めるほどでしたが、ようやく念願叶って入ることができました。

しかし、源泉2本とは贅沢ですね。

源泉風呂も、人工の炭酸泉みたいな泡付きはありませんが、炭酸ガスでむせるというのも、いかにも天然の炭酸泉という感じで納得。

有馬温泉の炭酸泉も、動物が窒息して死ぬのを見て、最初は毒水として忌避されていたわけですから、ああこんな感じだったのかと、ふと思いましたね。

 

与布土温泉

 スーパー銭湯型温泉で、温浴施設はよふど温泉極楽湯といい、温泉のある森地区の極楽という地名が名前の由来になっている。施設は2000年12月2日のオープンだが、それ以前は但馬学習農園に湧出していたという。つまり、オープン以前の開湯ということになるのだが、その具体的な時期は判らなかった。また、その経緯の為か、地図には与布土温泉と漢字で載っている。

 口伝では、その昔に西来寺という真言宗の大寺があり、この寺に参拝すると極楽往生を約した御札が貰えるということから極楽の里と呼ばれるようになったと伝えられ、それがそのまま今も字として残っているが、現在は農村の原風景に溶け込む温泉とパンフレットにあるように、周囲には田園風景が広がり、山間の鄙びた雰囲気が漂っているだけで、たくさんの参拝客で賑わったであろう往時は想像もできない。強いて言うなら、田園の中にポツンと建っているこの温泉が、いろいろな人を訪れさせる現代の西来寺といったところだろうか。

 地下1200mから汲み上げた温泉の泉質は、ラドンを含む湧出温度25.1℃の単純泉の低温泉で、湧出量は毎分60Lという。また、施設の浴槽は、都会的な凝ったものはなく、ジェットバスが付いている大きな浴槽とサウナ、露天風呂というシンプルな構成である。訪れた時の露天風呂は岩風呂のほうだったが、夕刻の空の色もあって、なかなか風情があった。

 土曜ながら夕方5時という時間が良かったのか、露天風呂も含めて風呂に10人ぐらいしかおらず、のんびりと湯につかることができたが、帰る頃にはどんどんと人が入ってきて多少混雑し始めたので、時間帯によって割と混雑の差がある温泉のようだ。来られた方の格好を見ても、地元の常連の方々がよく利用している温泉なのだろう。周囲の農村風景からすると、雨の日などは農作業を休んだ近隣の人々のサロンになり、賑やかなのかもしれない。

 

最終訪問日:2004/8/21

 

湯村温泉

 嘉祥元年(848)に慈覚大師によって開かれたという湯村温泉は、1000年以上もの歴史を持つ古い温泉場で、城崎温泉と共に山陰東部、兵庫県北部を代表する温泉である。

 泉質は、無色透明、無味無臭のナトリウム-炭酸水素・硫酸塩・塩化物泉で、春来川沿いに湧く源泉の荒湯は、温度98度、湧出量毎分470リットルという全国でも屈指の温度と量だ。荒湯から流れ出る豊富な熱湯は春来川に流れ込み、これによって川に放流されている錦鯉は大きく育ち、温泉情緒を深めてもいる。また、源泉近くには遊歩道や足湯も整備されており、宿泊者以外も手軽に温泉を楽しめるようにもなっていた。

 温泉街には、ホテルや旅館が建ち並ぶが、外湯は2ヶ所あり、温泉街の中心にある薬師湯と、山側に5つの露天風呂、7つの内風呂、温水プールを備えたリフレッシュパークゆむらがある。ちなみに、リフレッシュパークゆむらの露天風呂は、水着着用の混浴で、水着は借りることもできるが、スクール水着のようなものなので、持参したほうが良いだろう。

 湯村温泉の土産物としては、温泉ので作る温泉卵が非常に有名で、土産物屋では網に入れた卵を売っており、湯につけて自分で作ることができる。また温泉は、ドラマにもなった夢千代日記でも有名で、それにちなんだ土産物も多く、夏には川沿いに設置された灯篭に火が入り、幻想的な景色になるという。

 

最終訪問日:2004/7/18

 

 

川沿いに温泉と宿が集まっており、いかにも温泉街という情緒のある街ですね。

浴衣と下駄でブラブラしたい街です。

ただ・・・温泉街のポスターで見た全日本かくれんぼ大会が気になって気になってしょうがないんですよね。

一度参加してみたいです笑