観光地
東山ゲレンデから羊蹄山を望む 蝦夷富士の別名がある羊蹄山のすぐ北にあるスノーリゾートで、ニセコアンヌプリという山の周囲一帯に開発されたゲレンデの総称。 時代によって名称は若干の変更があるのだが、一般的には、俗にヒラフと呼ばれるグランヒラフ、…
北海道の中でも比較的道央寄りにあり、都市部から離れているスキー場なのだが、ゲレンデサイドで何でも揃うというオールインワン型のスキー場で、トマムアルファリゾートというリゾート開発された区画の一部であった。現在は、高級リゾートホテルで有名な星…
本土最東端の納沙布岬にある展望塔で、昭和62年(1987)7月19日に完成した。高さは96m。 落成した当初は、塔の建設に笹川良一の支援が大きかったことから、笹川記念平和の塔と呼ばれていた。その後、運営母体の変遷などがあり、平成23年(2011)には望郷の塔、同…
札幌市街にある市場で、札幌二条市場とも呼ばれる。二条市場に出店している商店が所属する組合の正式名称は、札幌二条魚町商業協同組合という。 この地に市場が形成されたのは、明治時代初期である。もともとは、石狩浜の漁師が石狩川を遡って札幌で鮮魚を売…
現在は特別天然記念物となっているタンチョウの保護と繁殖を目的に開園された公園で、昭和33年(1958)8月の開園。 丹頂鶴というのは、タンチョウが正式名称であり、丹頂鶴というのは通称である。頭頂部がやや黄味掛かった赤色である丹色をしていることから、…
幸福駅の駅舎と鐘 昭和62年(1987)2月2日に廃線となった国鉄広尾線の駅の跡で、北の愛国駅と共に「愛の国から幸福へ」のフレーズで有名となった。現在は鉄道公園として整備されている。 幸福駅は、元々は正式な駅ではなく、広尾線が開通した昭和4年(1929)11月…
小樽運河の情景 小樽港の手前に掘られた運河で、1140mの長さがあり、その幅は、北側は当時のままの40m、南側は道路用地として埋め立てられ、20mの規模がある。 近代に入った日本では、船による輸送が物流の中で大きな割合を占め、本州などの内地から人や物が…
網走刑務所の正門と整備されて穏やかな印象となっている前庭 映画「網走番外地」で有名な刑務所。 網走番外地は、昭和40年(1965)から同47年(1972)にかけてシリーズ化された、高倉健主演の東映ヤクザ映画で、網走刑務所が観光地化したのも、映画の公開がきっ…
愛国駅外観 昭和62年(1987)2月2日に廃線となった、国鉄広尾線の駅の跡。南にある幸福駅と共に、「愛の国から幸福へ」のフレーズで有名となった。 縁起の良い駅名が、そのまま観光地として残されているが、鉄道から転換されたバス路線の待合所としても利用さ…
唐戸市場の賑わい 関門橋にほど近い関門海峡の狭隘部にある市場で、正式名称は、下関市地方卸売市場唐戸市場という。 前身となる市場が最初に開設されたのは、昭和8年(1933)4月で、当時は下関市唐戸魚菜市場という名称であった。 ただ、明治時代中頃の田中川…
広島市街を流れる本川、つまり旧太田川と、そこから分かれる元安川の間の中洲にあり、ほぼ爆心地にあたる場所に整備された平和公園。 公園がある中島地区は、中州という地理的要因から、江戸時代より交通や水運の要地として発展し、明治になると県庁や市庁舎…
紙飛行機を飛ばすという、非常に珍しい目的で建てられた塔で、平成15年(2003)に開業した。 神石高原町の旧豊松村一帯は、岡山から広島に掛けて広がる吉備高原の一部であり、浸食によって平坦な地形へと変化する手前の準平原が隆起した、隆起準平原の高原地帯…
鞆ノ浦の石畳と街並み 古い町並みが残る、情緒豊かな湊町。 鞆ノ浦という呼び方は、正確には鞆という土地の周辺海域を表すため、湊や湊町自体は鞆ノ津や鞆だけで良いのだが、一般には町全体を鞆ノ浦と呼ぶことが多い。ちなみに、鞆にかつてあった城や自治体…
尾道は、対岸の向島との距離が非常に近く、古くからこの川のような尾道水道を活用した水運の町として発展してきた。 尾道の名の由来は、現在の平地がまだ埋め立てられていなかった頃、海に迫る山の尾根にひと筋の道があった所からとも、伊尾から運び出される…
建物が両脇に建ち並ぶ青石畳通り 商売繁盛と音曲の神社として信仰された、美保神社の門前町にある参拝道。 美保神社は、えびす様こと事代主神(コトシロヌシノカミ)が主祭神の内の1柱で、事代主神を祀る神社の総本宮を称している。 えびす様と言えば商売繁盛…
ジョン万次郎として有名な中浜万次郎の像 ジョン万次郎こと中浜万次郎の立像で、地元の青年会が、昭和43年(1968)7月11日に建立した。 万次郎は、文政10年(1827)の元日に、足摺半島の中浜の漁村で生まれたが、漁師であった父が9歳の時に死去したため、早くか…
室戸岬の山塊を背に建つ中岡慎太郎像 海軍兵力を持つ坂本龍馬の海援隊と同様、陸軍兵力を持つ陸援隊を率いた中岡慎太郎の立像。昭和10年(1935)に、地元の青年団連合が建立した。 この中岡慎太郎像は、桂浜の坂本龍馬像から遅れること7年の建立で、その間には…
朝早くに土佐闘犬を散歩させる職員 土佐の闘犬を見学することができた施設。平成29年(2017)5月19日に閉園となった。 闘犬といえば、有名なのが土佐の闘犬だが、闘う犬は、狩猟や荷物引きに使われていた丈夫な四国犬に、明治以降にブルドックやポインター、グ…
桂浜を見下ろす坂本龍馬像 桂浜の端の小高い丘に立つ坂本龍馬の像。県青年団が昭和3年(1928)5月に建立した。 像の元になったのは、龍馬の写真として有名な立ち姿で、片手を袖に隠し、もう一方を懐に差して、髪の毛は鬢の辺りが縮れ上がっている。 龍馬は、天…
満濃池の堤防前の小島からの眺望 日本最大の灌漑用の溜め池。満濃太郎という名でも呼ばれ、国の名勝にも指定されている。 満濃池が造られたのは、満濃池後碑文によれば、8世紀初頭の大宝年間(701-04)で、その頃の国司である道守朝臣によって工事が行われたと…
二十四の瞳映画村入口 映画「二十四の瞳」の撮影舞台となった場所。 壺井栄の書いた「二十四の瞳」の原作は、「ニューエイジ」という雑誌に昭和27年(1952)に発表され、同年12月に単行本化された。映画としては、早くも同29年(1954)に木下恵介監督、高峰秀子…
旧徳島城表御殿庭園の築山泉水の部分 旧徳島藩主蜂須賀家の表御殿の庭として作られた庭園。作庭は上田宗箇で、関ヶ原の合戦が行われた慶長5年(1600)頃の作庭とされ、昭和16年(1941)に国の名勝に指定された。 徳島城の最も重要な施設である、表御殿の庭園とし…
境港出身の漫画家である水木しげるの名前を冠した通りで、JR境港駅前の境港商店街のメインストリート。 水木しげるは、大正11年(1922)に大阪の住吉に生まれ、この境港で育った。幼い頃、妖怪の話のみならず、人生に大きな影響を与えた「のんのんばあ」という…
偕楽園の中に建つ茶室好文亭 水戸9代藩主徳川斉昭が、天保13年(1842)7月に作庭した廻遊式の庭園で、兼六園、後楽園と共に日本三名園、もしくは三大庭園のひとつに数えられ、国指定の史跡かつ特別名勝である。 偕楽園の名前の由来は、偕(とも)に民と楽しむの…
かつて高崎から新潟までを結んでいた信越本線の駅で、明治18年(1885)10月15日に横川線の駅として開業した当初は、終着駅であった。 開業の8年後には、中山道線と改称して軽井沢までが開通したが、碓氷峠の区間は国内随一の急勾配の区間であり、当初はアプト…
小江戸と呼ばれた情緒溢れる城下町。 川越城は、古くは河越城と書き、長禄元年(1457)に太田道真・道灌父子によって築かれた。 中世の城は、まだ家臣の城下への集住が進んでおらず、ある程度の勢力を持った大名の本拠城でなければ、城下町と言えるほどの町を…
東京タワーを見上げる 東京から半径100kmの首都圏一帯に、地上波テレビ電波とFMラジオ電波を送出する総合電波塔。正式名称は日本電波塔で、昭和33年(1958)10月14日に最高部のアンテナが設置されて今の高さとなり、同年12月23日に開業した。 東京タワーは、高…
上野恩賜公園の象徴となっている西郷隆盛像 一般には上野公園と呼ばれている都立公園で、53.85haの広大な面積を持ち、武蔵野台地から舌状に張り出した台地上にあることから、上野の森とも呼ばれる。 江戸時代の上野恩賜公園一帯は、徳川将軍家の菩提寺であっ…
井の頭池を中心とした都立公園で、大正6年(1917)5月1日に開園した。面積は、東京都建設局によれば42.84haという。 井の頭という名前が付いたのは江戸時代だが、それ以前も貴重な水源のある場所として、古代からこの付近に人が住んでいたようだ。 時代が下っ…
マリンタワーは、横浜開港100周年記念事業の一環として、民間有志の発議によって山下公園の一角に建設が計画され、名前も市民から公募された。完成は昭和36年(1961)1月14日で、その翌日に開業され、平成21年(2009)5月23日と令和4年(2022)9月1日の2度、リニュ…