
屈斜路湖や摩周湖というカルデラ湖に挟まれた場所にある標高508mの山で、アイヌ語では、裸の山を意味するアトサヌプリと呼ぶ。標高は、資料によって多少差異があり、512mとしている資料も多いが、国土交通省や気象庁では標高点を508mとしている。
硫黄山は、日本最大の屈斜路カルデラ内にある活火山で、硫黄山自体は、1千5百年前から1千年前頃に形成された溶岩ドームであり、3万5千年前から2万5千年前に形成されたとされる屈斜路カルデラ内では、かなり歴史の浅い火山と言えるだろう。
ただ広義としては、約2万年前に形成された小カルデラであるアトサヌプリカルデラと、その内外に1.5万年前頃から形成された10個の溶岩ドーム群を、アトサヌプリ火山群として定義している。
硫黄山では、蒸気とともに噴き出した硫黄分が地表に固まり、山のあちこちで黄色い塊を見ることができるのだが、これを利用して、かつては火薬やマッチなどの原料を採掘する硫黄鉱山が営まれていた。
硫黄鉱山としての始まりは、明治9年(1876)で、商人佐野孫右衛門が試掘許可を受け、翌年から本格操業に入っているのだが、明治18年(1885)には銀行家の山田慎に経営権が渡っている。また、当初は釧路集治監の囚人も動員されていたという。そして、その2年後には安田財閥が経営に乗り出し、硫黄運搬のために鉄道も敷かれたのだが、同29年(1896)には採掘しやすい部分を掘り終えたため、採掘を休止している。
その後も、期間を空けて経営者が変わりながら細々と採掘が続けられたが、昭和38年(1963)に鉱山としての歴史を終えた。
硫黄山の周囲一帯には、硫黄特有の臭いが立ち込めているのだが、当然ながら有毒ガスのため、周囲には普通の樹木が育たず、その植生の隙間に進出したハイマツや酸性土壌に強いエゾイソツツジといった高山性の植物が這いつくばるように生えている。そのため、人間の目線より下に独特の植生が広がる景色となった。
硫黄山を訪れてみると解るが、岩石が剥き出しとなった荒々しい地形と、白を中心とした生物感の無い景色は、硫黄の臭気と相まって、火山の生々しさと自然の厳しさを直に感じることができる。日本に活火山は多いが、ここまで至近距離で火山を肌感覚として感じられる場所は、珍しいだろう。

最終訪問日:2003/7/24
硫黄山の駐車場の脇に土産物屋があったんですが、硫黄山の麓では蒸気を利用したゆで卵も販売されていて、美味しそうでした。
散策している間中、その卵を売る掛け声が響いていたのが、妙に記憶に残っていますね。
温泉地の温泉たまごもそうですが、なんであんなに美味しそうに見えるんでしょうか笑