Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

寺社

武田神社

躑躅ヶ崎館跡の石垣と武田神社の鳥居 戦国時代の甲斐武田氏の当主である信虎、信玄、勝頼の3代が本拠とした躑躅ヶ崎館跡に建立された神社で、祭神は武田信玄。 躑躅ヶ崎館は、甲斐武田氏の内訌を収めた武田信虎が、永正16年(1519)に石和から本拠地を移すため…

善光寺

正しくは、天台宗では定額山善光寺、浄土宗では大本山善光寺という。他の善光寺と区別するために、信濃善光寺や信州善光寺とも呼ばれる。天台宗の大勧進以下25院と、浄土宗の大本願以下14坊が山内に並存するという珍しい寺院であり、また、他の多くの古刹と…

諏訪大社下社春宮

全国に1万社以上ある諏訪社の総本社で、諏訪湖周辺に上社は前宮と本宮、下社はこの春宮と秋宮の4宮があり、この2社4宮合わせて諏訪大社という。また、延喜式神名帳に明神大社として記載される式内社で、信濃国の一宮でもあり、現在は神社本庁の定める別表神…

諏訪大社下社秋宮

全国に1万社以上ある諏訪社の総本社で、諏訪湖周辺に上社は前宮と本宮、下社は春宮とこの秋宮の4宮があり、この2社4宮合わせて諏訪大社という。また、延喜式神名帳に明神大社として記載される式内社で、信濃国の一宮でもあり、現在は神社本庁の定める別表神…

諏訪大社上社前宮

全国に1万社以上ある諏訪社の総本社で、諏訪湖周辺に、上社はこの前宮と本宮、下社は春宮とこの秋宮の4宮があり、この2社4宮合わせて諏訪大社と呼ぶ。 延喜式神名帳には、明神大社として記載される式内社で、信濃国の一宮でもあり、現在は神社本庁の定める別…

諏訪大社上社本宮

全国に1万社以上ある諏訪社の総本社で、諏訪湖周辺に、上社はこの本宮と前宮、下社は春宮と秋宮の4宮があり、この2社4宮を合わせて諏訪大社という。 延喜式神名帳に明神大社として記載されている式内社で、信濃国の一宮であり、神社本庁の定める、いわゆる別…

春日山神社

上杉謙信の居城であった春日山城址内にある神社で、当然のことながら上杉謙信を祀っている。 創建は、明治34年(1901)と比較的新しく、旧高田藩士で、上杉謙信を非常に厚く敬っていた小川澄晴が、明治20年(1887)に神社の創建を発起し、10年以上かけて越後出身…

日泰寺

正式名称は覚王山日泰寺で、日本で唯一の無宗派の寺院。無宗派であるため、固定の住職がおらず、各仏教宗派の管長が3年交代の輪番制で住職を務めている。 明治33年(1900)に、当時まだシャムと呼ばれていたタイから、釈迦の遺骨である仏舎利が日本へと贈られ…

熱田神宮

熱田神宮の本宮遠景 古代より熱田台地に鎮座した神社で、その創建は記紀の時代というから、気の遠くなるような歴史を持つ。主祭神は熱田大神で、相殿神は天照大神、素戔嗚尊(スサノオノミコト)、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、宮簀媛命(ミヤスヒメノミコ…

伊勢神宮内宮 (皇大神宮)

伊勢神宮は、そもそもは天皇家の一族が代々祭祀を執り行っていた天皇家の宗廟であり、正確には、ただ「神宮」と呼ぶ。キリスト教における大文字のGodが、一般名詞ではなく唯一の神を指す固有名詞として扱われるというのに似ているだろうか。 この単なる神宮…

平泉寺白山神社

平安時代から戦国時代末期まで、越前に絶大な勢力を誇った神社。 祭神は伊奘冊尊(イザナミノミコト)で、配神として天忍穂耳尊(アメノオシホミミノミコト)と大己貴尊(大国主神)が祀られている。かつて栄え、神仏分離で廃されてしまった霊応山平泉寺における本…

気比神宮

越前国一宮で、延喜式にも名神大社として記載されている由緒ある神社。旧社格は官幣大社で、神社本庁の定めたいわゆる別表神社のひとつである。気比の字は、正式には気を旧字体で書く。 主祭神は、天筒の峯より境内の土公の場所に降臨したという伝承を持つ伊…

比叡山延暦寺

比叡山延暦寺根本中堂 最澄が開いた天台宗の総本山。 最澄が比叡山を開いたのは、延暦7年(788)で、自作と伝えられる薬師如来立像を本尊として、現在の根本中堂の地に一乗止観院という庵を建てたのがその最初だが、もともと比叡山というのは、自然信仰の対象…

多賀大社

多賀大社の神門と太閤橋 延喜式に小社と記された式内社であり、神社本庁の定める、いわゆる別表神社のひとつで社格も高い。 社伝によると、伊邪那岐大神と伊邪那美大神が、国生みのの後に神社の東にある杉坂山に降臨し、多賀の地に静まったのがその由来とい…

白鬚神社

境内の鳥居をくぐって見る湖上の鳥居 近江最古の神社といわれ、全国の白髭神社の総本社でもある。 具体的な創建時期は不明だが、古代の鎮祭創建に始まるといわれていることから、その起源は、有史以前と言ってもいいほど遡るのだろう。社記によれば、垂仁天…

宝山寺

宝山寺は、真言律宗の大本山で、大聖歓喜天を守護神として祀っていることから、聖天さんや生駒聖天とも呼ばれ、日本三大聖天のひとつにも数えられる。 大阪府と奈良県の間に聳える標高642mの生駒山は、伝承では、修験道の開祖という役小角が、斉明天皇元年(6…

東大寺

東大寺大仏殿 奈良の大仏として有名な盧舎那仏を本尊とする華厳宗の大本山。山号は無いが、大本山東大寺ともいう。 東大寺建立のきっかけは、天平15年(743)10月15日に聖武天皇が発した盧舎那仏造顕の詔であるが、これ以前に前身となる寺が存在していた。同じ…

興福寺

薬師寺と並ぶ法相宗の大本山で、西国三十三箇所霊場の第九番でもある。本尊は釈迦如来坐像。 興福寺としての創建は、平城京遷都と同じ和銅3年(710)であるが、前身は藤原鎌足夫人の鏡大王が鎌足の病気平癒を祈願して建立した山階寺である。山階寺の創建は、天…

春日大社

延喜式に記載された式内社の内、名神大社とある22社のひとつであり、全国の春日神社の総本社である。 創建は、神護景雲2年(768)11月8日で、時の左大臣藤原永手によって社殿が造営されたとあるが、和銅3年(710)の平城京遷都後、藤原不比等が遠く鹿島神宮から…

善名称院 (真田庵)

白亜の塀で囲まれた真田庵の門 慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦で西軍に与し、中山道を西に向かう徳川秀忠の軍を信州上田で足止めした真田昌幸・幸村(信繁)父子は、戦後、領地を没収されて高野山に流され、後に九度山に幽閉された。その幽閉されていた場所が、…

高野山金剛峯寺

金剛峯寺遠景 大日如来を絶対真理とする山岳密教として、空海が立教開宗した真言宗のかつての総本山で、本尊は阿閦(アシュク)如来である。金剛峯寺の寺号の由来は、金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経という経典から空海が名付けたという。 空海が高野山開創の勅許を…

熊野本宮大社

全国の熊野神社の総本宮で、その名の通り熊野三山の中心と考えられる神社。また、延喜式に熊野坐神社と記載される式内社の名神大社であり、現在は、神社本庁の定める、いわゆる別表神社のひとつでもある。 創建は、第10代崇神天皇の65年(紀元前33)と伝わるが…

智恩寺

智恩寺文殊堂 天橋立の入り口にある古刹で、正式には天橋山智恩寺という。別名、切戸の文殊とも呼ばれており、日本三大文殊のひとつ。 大同3年(808)に平城天皇の勅願寺として創建された寺院であるが、現在の智恩寺としては、醍醐天皇より寺号を賜った延喜4年…

天橋立神社

天橋立内にある天野橋立神社の社 天橋立内にある神社。 主祭神は豊受大神で、大川大明神や海神の八大龍王が祀られていることから、橋立明神とも呼ばれている。 もともと天橋立は、その南の付け根にあって日本三大文殊にも数えられている切戸の文殊、智恩寺の…

吉備津彦神社

吉備津彦神社拝殿 神社本庁が定めた、いわゆる別表神社のひとつで、主祭神は大吉備津日子命。ただし、この神社では、主祭神の大吉備津日子命が一般に言うところの吉備津彦命で、配祭として吉備津彦命の名で祀られているのは、大吉備津彦命の子とも弟ともいう…

吉備津神社

特徴的な吉備津神社の本殿 備中国一ノ宮である神社。 主祭神は、古代の崇神天皇の治世に各地へ送られた4人の将軍のひとりで、桃太郎のモデルともいわれる大吉備津彦命であり、その一族である8柱が配祭。2柱が合祀されている。また、三社宮や若山宮など、摂末…

宗佐厄神八幡神社

宗佐厄除八幡神社の拝殿遠景 八幡信仰と厄除信仰が習合している神社で、地元では厄神さんとして親しまれ、厄除八幡宮とも呼ぶ。ただし、正式名称はそのまま八幡神社である。 神社の歴史は古く、天平勝宝元年(749)2月に孝謙天皇の勅願所として創始されたとい…

神出神社

神出神社拝殿 標高249mの雌岡山に鎮座する神社。 雌岡山と隣の標高241mの雄岡山は一対で、他の地方にも多く見られるように、古代的な夫婦神としての山体信仰があり、それが神道の中に取り込まれて行く中で、神社としての体面を整えて行った神社なのだろう。…

岩屋神社

明石市街の浜手にある神社。延喜式神名帳に記載されている、伊和都比売神社の流れを汲む神社のひとつとされる。 神社の創始は古く、成務天皇13年(143)6月15日に成務天皇の勅命によって淡路島の岩屋にある石屋神社から分霊を勧請し、明石に祀られたという。ま…

湊川神社

建武3年(1336)の湊川の戦いに敗れて自刃した、楠木正成を祀る神社。配祀として、正成の子正行や、弟正季以下正成と共に自刃した16柱も祀られている。 もともとこの地には、楠木正成の塚があったが、そのことを知った水戸光圀が墓所を建て、尊皇攘夷思想が渦…