Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

道路橋梁-橋

能登島大橋

能登島大橋を本土側から 能登半島の和倉温泉付近と能登島を結ぶ橋で、七尾西湾と七尾南湾を分かつ屏風瀬戸という狭隘部に架かる橋。全長は1050mで、昭和57年(1982)4月3日に開通した。 能登島では、車社会の時代の到来により、本土との連絡橋架橋の機運が次第…

ツインブリッジのと

七尾西湾と七尾北湾を分かつ三ヶ口瀬戸を跨ぎ、能登半島と能登島の西側を結んでいる橋で、「ツインブリッジのと」は愛称である。正式には中能登農道橋といい、平成11年(1999)3月27日に開通した。 能登島へのアクセスは、このツインブリッジのとが開通するま…

新橋

水路が街の中に張り巡らされ、宗祇水という名水もある水の城下町郡上八幡には、水に関係するもうひとつの名物がある。その場所がこの新橋で、12mの高さがある橋の上から、「川ガキ」と呼ばれる子供たちが吉田川へ飛び込むのが夏の風物詩になっており、ニュー…

琵琶湖大橋

湖岸道路と呼ばれる湖東の県道559号線と、湖西の旧国道161号線である県道558号線を結ぶ橋で、滋賀県道路公社が管轄する15.4kmの琵琶湖大橋有料道路に含まれ、橋の部分は国道477号線になっている。大きく見れば、名神高速や国道8号線、そして守山に繋がってく…

瀬田の唐橋

琵琶湖の南、湖水が瀬田川へと流れ出てすぐの場所に架かる橋で、瀬田橋とも瀬田の長橋とも呼ばれ、古くは勢多の字が当てられていた。 いつ頃に架けられたかはよく分からないが、日本書紀にも登場するほど古くからあり、琵琶湖と瀬田川の境目が、有史以前から…

近江大橋

琵琶湖の南、瀬田川へと通じる場所に架かる橋。 琵琶湖と瀬田川の境目付近は、古代より東国から京に通じる街道の要衝として発展し、かつては瀬田の唐橋が架かり、現在でも国道1号線と名神高速、京滋バイパスといった東西を結ぶ動脈が密集している場所である…

渡月橋

渡月橋全景 桂川に架かる橋。京都嵐山には欠かせない橋で、嵐山の風景写真や映像には、橋のやや上流にある一ノ井堰や嵐山の山容と共に、必ずと言っていいほど登場する。 渡月橋が最初に架けられたのは、平安時代の承和年間(834-48)とされ、特に同3年(836)頃…

新童子橋

新童子橋入口 一般にひと括りにされて大江山と呼ばれる大江連山の東の中腹、二瀬川渓流に架かる吊橋。全長77mで、平成6年(1994)10月に架橋された。 大江山は、酒呑童子という鬼の住処として知られ、源頼光と四天王によるライコウさんの鬼退治の話でも有名で…

廻旋橋

廻旋橋からの眺めと橋の下を通る小型船 天橋立の南側の入口にある全長36mの橋で、本土側と小天橋の間に架かっており、その細い運河状の水道を航行する船を通すため、その名の通り回転できるようになっている。 天橋立へ渡るもともとの手段は渡し船で、この橋…

瀬戸大橋

与島P.A.から四国方向の眺め 本州四国連絡橋3ルートの中で、最も早く昭和63年(1988)4月10日に全通したルート。 瀬戸大橋は、瀬戸内海を渡る瀬戸中央道の主たる区間で、瀬戸中央道自体は山陽道から高松道までを結ぶ。広く見れば、山陽道と中国道を結ぶ岡山道…

大鳴門橋

四国側の大毛島から大鳴門橋の眺め 数多くの水難事故の悲劇から計画された、本州と四国を結ぶ3本の本州四国連絡橋構想の中の神戸淡路ルートにある橋で、3本ある海峡部の橋の内のひとつ。開通は昭和60年(1985)6月8日で、淡路島の門崎と四国鳴門大毛島の孫崎と…

余部鉄橋

在りし日の余部鉄橋 高さ41.5m、長さ310.6mのトレッスル式の鉄橋。ちなみに正式名称は、戦前が餘部橋梁、戦後が余部橋梁である。 山陰本線の建設が進められていた明治時代末期、山が海に迫っている地形であるが故に海岸沿いに鉄路施設の余地が無かった香住と…

明石海峡大橋

淡路S.A.からの夜景 3つのルートが構想された本州四国連絡橋の内、神戸淡路鳴門ルート上で明石海峡に架けられた橋。平成10年(1998)4月5日に開通し、全長は3911mで、支間長1991mは令和4年(2022)まで世界最長であった。 本州四国連絡橋については、3ルート同時…