Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

史跡-誕生地/旧宅/住居跡

長府毛利邸

長府毛利邸 長州藩の支藩だった長府藩の最後の藩主であった毛利元敏が、その晩年に建てた邸宅。 長府藩は、毛利元就の四男穂井田元清の子秀元を藩祖とし、宗家である長州藩を継いだ当主を2人も出した名門であった。それは、藩祖の秀元が、従兄弟で宗家当主で…

高杉晋作誕生地

高杉晋作誕生地の前景と碑 萩の武家屋敷町の中に残る、高杉晋作春風が生誕した旧宅。 晋作は、天保10年(1839)8月20日に、高杉小忠太春樹の嫡男としてこの家に生まれ、後に藩校明倫館や松下村塾で学び、久坂玄瑞とともに吉田松陰門下の両巨頭と目されるように…

松下村塾

松陰神社に移築されている松下村塾の建物 長州の幕末志士に絶大な影響を与えた、吉田松陰が主宰していた私塾。 松下村塾は、松陰が開いた塾というイメージがあるが、正確には、叔父の玉木文之進が天保13年(1842)に開き、外叔父久保五郎左衛門が継承していた…

奇兵隊屯所跡

奇兵隊屯所跡の碑と極楽寺の由来 奇兵隊は、攘夷の藩論に従って外国船を砲撃する直前の文久3年(1863)6月、高杉晋作らによって発案、創設された。 名前の由来は、当時の正規軍であった武士の部隊に対し、身分によらない兵、正規ではない兵の部隊という意味で…

木戸孝允旧宅

木戸孝允旧宅の前景 後に木戸孝允と名乗った維新三傑のひとり、桂小五郎の旧宅。門前の碑には木戸孝允誕生地とある。 幕末史では、木戸孝允よりも桂小五郎のほうが著名なのだが、孝允の実家は藩医であった和田家で、天保4年(1833)6月26日に昌景の子として生…

森鷗外旧宅

森鷗外旧宅の外観 森鷗外が少年時代を過ごした旧宅で、国指定の史跡。 鷗外は、文久2年(1862)1月19日に、代々津和野藩御典医を務めた森家の当主静泰の嫡子として生まれた。本名を林太郎といい、この旧宅では、10歳までを過ごしたという。 その後、明治5年(18…

坂本龍馬誕生地

高知城下の国道33号線沿いにある坂本龍馬誕生地碑 幕末の志士、坂本龍馬直柔の生誕地。 坂本家は、明智光秀の一族の末裔という伝承を持ち、組み合わせ枡に桔梗という家紋が、同じく桔梗を家紋とした土岐氏の庶流である明智氏との繋がりを連想させ、さらには…

源頼朝愛馬生月誕生地

源頼朝の愛馬であった生月誕生地の碑 源頼朝の愛馬であった生月が誕生したといわれる場所。 ただし、生月が産まれたという伝承を持つ場所は、この鳥取だけではなく、比較的近い淡路や広島、山口、四国といった西国はもとより、当時から馬の名産地として知ら…

山村代官屋敷

江戸時代に、木曽福島にあった関所の関守兼木曾谷の代官だった山村氏の下屋敷の一部。 江戸時代以前の山村氏は、源義仲の子孫という伝承を持つ木曾氏の家臣であった。木曾氏は、義康の時に武田信玄と争うが、やがて信玄に降伏して木曾谷を安堵され、子の義昌…

三井家発祥地

呉服屋を興して江戸時代に豪商となり、明治時代には三井財閥を築いた三井家の発祥地。 商家である三井家は、他の江戸時代の多くの商家と同様に武家の出自で、そもそもの本貫の地というのは、この伊勢ではなく近江であったとされ、藤原道長の六男長家の流れで…

柳田国男生家

柳田国男生家 日本で民俗学という学問の確立に力を尽くし、民俗学の父とも称される柳田国男の生家。 柳田国男は、当時の神東郡辻川村、今の福崎町で明治8年(1875)7月31日に、この住宅で松岡操の六男として生まれた。父は姫路で儒者や医者、後には漢学の先生…

甲賀流忍術屋敷

甲賀流忍術屋敷 俗に言う甲賀忍者であった、甲賀五十三家の筆頭格望月出雲守の邸宅として、元禄年間(1688-1704)に建てられた建物。忍者の住居としては、日本で現存する唯一の屋敷という。ちなみに、甲賀流という流派は無く、甲賀地方に伝わる忍術全体を指し…

旧西川家住宅

江戸時代中期に建てられた豪商の店舗兼住居で、重要文化財に指定されている典型的な近江商家。内部には江戸期の商人が使用した道具などが展示され、商家の資料館のようになっていた。入場料は、単館で見学もできるが、市立資料館やかわらミュージアムとの共…

石田三成出生地

石田三成の像と出生地の碑 慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦で、事実上の西軍の総大将だった石田三成の出生地。石田正継の三男として生まれたが、誕生日は詳しく伝わっておらず、永禄3年(1560)とだけわかっている。 出自である石田氏は近江の豪族で、地理的関係…

桂小五郎居住跡

たくさんの碑が残る居住跡 黒船来航によって、国内で議論が百出した江戸時代の幕末では、知識階級を中心に尊皇攘夷思想が高まって行った。その先導的な役割を担ったのは、思想的には水戸藩であり、実際的には長州藩である。 しかし、京都での長州藩の振る舞…