Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

都道府県別-和歌山

高野龍神スカイライン

和歌山県の高野山と龍神温泉を結ぶ全長42.7kmの有料道路で、水ヶ峰からごまさんスカイタワーのある護摩壇山までは、ほぼ和歌山県と奈良県の県境がある山々を縫うように走る。 開通は、昭和55年(1980)7月21日で、当初は和歌山県道路公社の有料道路として運用…

和歌山県立博物館

和歌山城に隣接する県立の博物館で、和歌山の文化財や歴史資料を展示している。 昭和38年(1963)3月に開館した県立美術館を前身として、昭和46年(1971)4月に設立された。現在の建物は平成6年(1994)7月に新築移転したもので、旧和歌山大学教育学部の跡地に建て…

橋杭岩

大小40もの岩が、対岸の大島へ続く橋のように850mに渡って一列に並び、橋梁が落ちて橋脚だけが残ったように見える奇岩。国指定の名勝であり、天然記念物にもなっている。 伝承では、天邪鬼と弘法大師が沖の大島へ向かって橋をどちらが早く架けられるか賭けを…

那智滝

日本有数の133mの落差があり、この最も落差を持つ滝を一の滝とし、少し上流にある二の滝、三の滝を合わせて那智大滝と呼ぶ。滝自体が、熊野那智大社の別宮である飛瀧神社の御神体となっているほか、国の名勝に指定されている。 滝全体の落差で言えば、富山の…

潮岬

登ることが可能な潮岬灯台 本州最南端の岬。 潮岬灯台は北緯33度26分15秒、東経135度45分16秒に位置し、広義の潮岬という大きなくくりの中でも最南端となるのは、潮岬灯台からやや東の岩礁であるクレ崎である。 国道42号線から、島のような潮岬を1周する県道…

奇絶峡

東の高尾山、西の三星山と竜神山に挟まれた、奇岩と巨石が続く右会津川沿いの渓谷。 田辺市街の中心部を流れる会津川は、郊外に入ると2つに分かれ、その西側の支流が右会津川となるが、その右会津川沿いを走る県道29号線を5kmほど遡っていくと、やがて両側に…

善名称院 (真田庵)

白亜の塀で囲まれた真田庵の門 慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦で西軍に与し、中山道を西に向かう徳川秀忠の軍を信州上田で足止めした真田昌幸・幸村(信繁)父子は、戦後、領地を没収されて高野山に流され、後に九度山に幽閉された。その幽閉されていた場所が、…

高野山金剛峯寺

金剛峯寺遠景 大日如来を絶対真理とする山岳密教として、空海が立教開宗した真言宗のかつての総本山で、本尊は阿閦(アシュク)如来である。金剛峯寺の寺号の由来は、金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経という経典から空海が名付けたという。 空海が高野山開創の勅許を…

熊野本宮大社

全国の熊野神社の総本宮で、その名の通り熊野三山の中心と考えられる神社。また、延喜式に熊野坐神社と記載される式内社の名神大社であり、現在は、神社本庁の定める、いわゆる別表神社のひとつでもある。 創建は、第10代崇神天皇の65年(紀元前33)と伝わるが…

湯川温泉 (南紀湯川温泉)

有名な勝浦温泉のすぐ近くにある温泉。岩手県にも湯川温泉がある為、南紀湯川温泉と呼んで区別することもあるようだ。 紀伊半島の東岸は温泉が多く、有名な勝浦温泉を中心に何ヶ所か点在している。この湯川温泉もそのひとつで、古来より熊野詣の湯垢離場とし…

湯浅温泉

温泉宿泊施設湯浅城の前景 豪華な城の形をした温泉宿泊施設の湯浅城の温泉。訪れた時は国民宿舎湯浅城という名前だったが、今は国民宿舎ではなくなっているようだ。ちなみに、国民宿舎湯浅城は昭和57年(1982)9月の開業で、開湯も同時だったのだろう。 入浴は…

和歌山城

楠門の前から和歌山城復元天守と連結多聞櫓 日本三大連立式平山城に数えられるほどの、代表的な近世平山城。 戦国時代の紀伊は、室町時代から続く守護の畠山氏は存在したが、畠山氏は畿内の政戦争に軸足を置き、後には家中の内訌もあったため、紀伊の支配は…

湯浅城

遠くからでもはっきりと分かる、城の形をした温泉宿泊施設の湯浅城の南側にあり、平安末期の康治2年(1143)に湯浅党の祖となる湯浅宗重が築城し、広保山城から移ったとされる。 湯浅氏は、宗永が平治元年(1160,1)の平治の乱の際、熊野詣に向かう途中であった…

田辺城 (紀伊田辺城)

田辺城水門跡 正式には田辺城というが、他にも田辺城があるため、紀伊田辺城や錦水城とも呼ばれる。錦水城の名から分かるように、川と海に面した水城であった。 戦国時代の紀伊は、畠山氏が守護を務め、その影響力は戦国時代後期まである程度は維持されてい…