Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

横川駅

 かつて高崎から新潟までを結んでいた信越本線の駅で、明治18年(1885)10月15日に横川線の駅として開業した当初は、終着駅であった。

 開業の8年後には、中山道線と改称して軽井沢までが開通したが、碓氷峠区間は国内随一の急勾配の区間であり、当初はアプト式ラックレールという、車軸に加えられた歯車が噛み合うよう補助レールを別に1本敷く、山岳鉄道によく用いられる方式が採用されている。このため、この区間専用の、ラックレールに対応した蒸気機関車電気機関車で運行されることとなり、この頃から横川駅は機関車を連結する役目を負った駅であった。

再び終点となって車止めが設けられた横川駅

 その後、昭和の高度成長時代に大量輸送需要への対応から、速度や輸送量のボトルネックとなっていた碓氷峠アプト式ラックレール区間を昭和38年(1563)に廃止し、車輪の摩擦力のみの粘着式へと改められたが、急勾配はそのまま残ったため、横川駅では補助機関車の連結が行われ続けることとなる。

 この連結時の待ち時間に販売されたのが駅弁の釜めしで、当時は折り詰めの冷たい弁当が常識だった駅弁の世界に、専用容器に暖かい弁当という新形式を持ち込み、かなりの人気となった。現在は販路を拡げ、高速の売店やデパートなどでも買えるようになっているという。

 その後の横川駅は、平成9年(1997)10月1日の北陸新幹線開通に伴い、横川・軽井沢間が廃止となったため、再び終着駅となった。補助機関車や運用人員待機の場所であった横川運転区も同時に廃され、跡地は碓氷峠鉄道文化むらとなっている。

横川駅横の碓氷峠鉄道文化むら重連状態で動態保存されているEF63

 この文化むらでは、碓氷峠区間の歴史や資料の展示のほか、貴重な電車や機関車、客車などが保管され、公開もされており、人気の施設になっているようだ。特に、峠区間での補助機関車であったEF63の運転体験が可能で、旧信越本線の鉄路に機関車を走らせることができ、鉄路も機体も本物の体験として人気を博している。

 横川駅の南には、当時の支線がそのまま残されて文化むらに続いており、今でも機関車のメンテナンスの際の搬出入や、保存車両の搬入に使われているという。この軌道の上に立つと、当時はしっかりと使われていたという生の現実感があり、何とも言えない質量があって良かった。

 

最終訪問日:2019/5/12

 

 

峠の釜めしを食べる気満々で訪れましたが、休日の上にマラソンイベントがあったためか、めちゃくちゃたくさんの人がおり、結局買えませんでした。

まさかそんなに人気とは。

機関車の運転体験を横で見ていましたが、小さい頃に鉄道が好きだった身としては、とても羨ましかったですね。

なんてったって、ここは場所も物も本物ですから。