Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

東尋坊

 越前のリアス式海岸を象徴するような、最大25mの切り立った崖が1km以上に渡って連続している名勝で、国の名勝と天然記念物に指定されている。

 この東尋坊の名前の由来は、いくつかの説があるのだが、最も有名なものは、中世に8千人もの僧兵を擁していた巨刹、平泉寺の僧兵の名という。

 昔、平泉寺に東尋坊と真柄覚念という暴僧がおり、二人は、あや姫をめぐっての恋敵でもあった。寿永元年(1182)の4月5日、東尋坊と真柄覚念を含めた僧兵数十人がこの地に参り、酒盛りをしたが、僧兵らは東尋坊に酒肴を勧めて酔わせ、東尋坊が眠り始めると、真柄覚念が崖から突き落としたという。東尋坊を崖に誘い出したのは、それが狙いであった。だが、その日以来、49日間に渡って海は大荒れし、この地の事を誰とはなく東尋坊と呼ぶようになったという。

東尋坊の断崖と遊覧船

 東尋坊の特徴である断崖は、地理的には輝石安山岩の柱状節理で、これだけの規模の柱状節理は世界でも3ヶ所しかないといわれている。1200万年から1300万年前の火山活動で発生したマグマが、堆積岩に貫入して冷え固まった後、堆積岩が浸食され、柱状節理として露わになったことで、そそり立った崖が形作られた。また、冷える速度が緩やかであったため、ほかの場所と比べて柱状節理が太くなっているという特徴がある。

 現在はすっかり観光地化し、遊覧船なども出ているが、絶壁の恐ろしさと眺望の良さは、東尋坊が突き落とされたという中世の頃と変わっていないのだろう。かつては、不名誉ながら自殺の名所と呼ばれたものの、これだけ観光地化してしまうと、ここでは自殺する気が起きないんじゃないかと思ってしまうのだが、夜はまた別の顔があるのだろうか。

 訪れた時は、ひと通り遊歩道を回ったところで、暗雲がみるみるうちに広がり、雷と共に大粒の雨が降り出して風も一気に強くなった。そのすぐ後に遊覧船が荒天欠航となるぐらいで、伝承にある東尋坊の嵐はこんな感じだったのだろうかと思いながら、手持無沙汰な時間を過ごした。

東尋坊から雄島を望む

 

最終訪問日:2001/9/15

 

 

上から覗き見ると、吸い込まれそうになるぐらいのえげつない崖ですね。

ブラタモリを見たので、その知識を頭に入れつつ、もう1度散策してみたい場所です。