Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

七間朝市

七間朝市の様子

 大野市の城下町の中心、寺院が建ち並んで風情のある寺町の南西側の七間通りで行われる朝市。今では朝市に合わせ、通りも七間朝市通りという名になっている。

 七間朝市が始まったのは、戦国時代という。越前の国主であった朝倉氏が信長によって天正元年(1573)に滅ぼされた後、信長に対する叛乱と一向一揆によって越前国はしばらく混沌となったが、信長が翌々年に一向一揆を平定したことで越前各地に信長の家臣らが配置された。

 配置された代表的な武将は、北ノ庄城の柴田勝家や小丸城の前田利家だが、この大野にも金森長近が派遣され、長近は越前大野城を築くと共に城下町も整備して今の大野市の原型を造り、朝市もこの頃に始まったという。

 江戸時代になっても市は綿々と続き、大野藩主であった土井氏の覚書にも市の開かれた日が記されている。それによると、毎月朔日(1日)のほかは4と7と10の付く日に開かれており、ほぼ3日おきの開市だった。また、藩主やその奥方が通るときも市を避け、商売の邪魔になるようなことはしなかったという。その後、開市日は商売人の要望もあって2日おきとなり、今では春分の日に始まって大晦日までの毎日の開市となっている。

 市を覗いたのは、市の始まる7時の少し前だったが、もう店の3分の1ほどは営業しており、残りの店も開店準備で忙しそうだった。越前大野が山間の町なので、山菜などの山の物が多いのかと思いきや、魚介類から赤飯、饅頭、餅、雑貨や土産物など、扱う品にまとまりが無く、良い意味での雑多さがあり、見ていて面白い。

 このような、取扱品が多いという市の空気は、観光客目当てではなく、自然発生的な庶民の市という歴史から来ているものなのだろう。通りを歩きながら店のおばちゃん達と雑談し、ちょこちょこと少しずつ買い物していくのが愉しい市だった。

 

最終訪問日:2012/5/13

 

 

フリマみたいな市も面白いですが、こういう昔ながらの市もいいですね。

方言も聞けたし、その土地らしい空気も味わえて愉しかったです。