Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

安芸市立歴史民俗資料館

 安芸市に関する歴史資料や民俗資料を展示する資料館。昭和60年(1985)に開館した。

 安芸の歴史は古く、平安時代から安芸郡という名があるように、安芸川や伊尾木川の運んだ土砂によって平野が広がり、早くから集落などが発展していたと思われる。

 資料館は、戦国時代に安芸郡一帯を支配していた、安芸氏の居城である安芸城跡に建つ。この安芸城は、戦国時代に安芸氏が長宗我部氏に滅ぼされた後も、西の重要拠点として使われ、長宗我部氏に代わって山内氏が入部した江戸時代も、草創の功臣で家老を務めた五藤家の居館として使われ、安芸郡の中心であり続けた。

 資料館内の展示は、中世以前の考古資料などは少ないが、五藤家による寄贈や寄託などにより、近世から近代にかけての歴史民俗資料が充実している。

 特に、五藤家が残した各種の文書である五藤家文書は、江戸時代の土佐藩の支配体制の実態がどのようであったかを知るには、非常に貴重な史料になっているという。また、展示されている武具や美術品なども、五藤家に伝わっていたものである。

 このほか、安芸郡井ノ口村生まれで三菱財閥の礎を築いた岩崎弥太郎や、安芸郡土居村出身の作曲家弘田龍太郎、安芸郡河北村出身の思想家、翻訳家である黒岩涙香など、安芸郡にゆかりのある人物の遺品などが多数収蔵されていた。

 全体的に見ると、民俗資料よりも歴史的な史料が印象的で、民俗資料が多い一般的な歴史民俗資料館に比べると、歴史資料館としての趣が強い資料館と言えるだろうか。ちなみに、資料館は書道美術館と隣接しており、共通入場券も用意されている。

 

最終訪問日:2004/9/9

 

 

個人的には、やっぱり山内一豊に従って山内家の興隆に貢献した五藤氏のものに興味がありますね。

特に、一豊が朝倉方の三段崎勘右衛門と死闘した際に顔に刺さり、これを五藤為浄が抜いて五藤家の家宝にしたという鏃には、目を引かれました。

司馬遼太郎の「功名が辻」でも、とても印象的な場面として描かれていますしね。