Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

石見銀山資料館 (いも代官ミュージアム)

石見銀山資料館の正門となっている門長屋

 大正12年(1923)に閉坑となった石見銀山に関する資料館で、昭和51年(1976)8月1日に開館した。訪れた時は石見銀山資料館という名前だったが、平成19年(2007)3月にリニューアルし、現在は、いも代官ミュージアムという愛称が付けられている。ちみなに、いも代官とは、サツマイモの栽培を奨励して領民を飢饉から救った、第19代石見代官井戸平左衛門正明のことを指す。 

 石見銀山資料館の建物は、民間の資料館として創立されたという、珍しい資料館である。

 資料館の建物は、明治35年(1902)に邇摩郡役所として建てられ、後に学校や保育園として使われていた建物を、地元有志による大森観光開発協会が譲り受けて資料館としたもので、建物自体にも、大森地区を象徴するような歴史が刻まれているようだ。現在の資料館の運営は、新たに設立されたNPO法人によって行われているが、設立の経緯を知ると、地元の方の銀山への想いというのがよく解るだろうか。

 資料館の外観は、役所の建物をそのまま活用しつつ、江戸時代の支配拠点だった大森代官所の復元となっている。また、代官所当時の建物としては、江戸時代後期に建てられた門長屋が現存しており、これも資料館の正門として組み込まれていた。ちなみに代官所跡は、門長屋を含めて国指定の史跡でもある。

 展示資料は、主に江戸時代の抗夫や代官所の様子、採掘に使用された道具類などが多く、それらを描いた絵巻物や古文書などの文献資料も多い。そのほか、銀山支配の歴史に関する展示や、一段下のちょっと奥へと入った場所には、鉱物標本も公開されていた。

 訪れた日が土曜日で、朝が早かった割に観光客の姿が多かったが、資料館内にはボランティアの案内員の方もおり、思ったよりも資料館として充実した施設である。資料館があるのは、古い町並の残る大森地区の入口でもあり、石見銀山と大森地区にとってのビジターセンターの役割も担っているのだろう。

 

最終訪問日:2001/10/27

 

 

丁銀が展示されていましたが、最盛期の江戸時代初頭には、大量の丁銀が運び出されていたんでしょうね。

まさにゴールドラッシュならぬシルバーラッシュ。

当時の熱気が想像できます。

個人的には、鉱物の結晶は長い間見ていても不思議と飽きないので、もう少し鉱物標本の展示があれば嬉しかったですね。

石見銀山と関係ない展示になってしまいますけども笑