Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

若桜町歴史民俗資料館

 若桜町の歴史民俗資料館で、若桜郷土文化の里の施設の内のひとつに位置付けられている。昭和56年(1981)11月23日の開館。

 若桜町は、平安時代に編纂された辞書「和名類聚抄」に登場するほど古い地名で、若桜(稚桜)部にまつわる地名と考えられている。

 若桜部とは、履中天皇が舟遊びをしていた際、膳余磯の献じた杯に季節外れの桜の花びらが落ちたことから、その桜の木を探し出した物部長真胆に稚桜部造を、余磯に稚桜部臣を賜ったのが最初という。この事から、食膳奉仕を司った若桜部や、その若桜部を統括する若桜部氏が、この地と関連があったものと見られている。

 中世になると、若桜には国人の矢部氏が本拠を構え、豊臣時代の木下氏、江戸時代初期の山崎氏までは城下町として栄えた。山崎氏の転封で城が無くなった後も、因幡街道もしくは若桜街道と呼ばれる、因幡と播磨を結ぶ街道の分岐点で、かつ氷ノ山を越えて但馬に向かう街道との分岐点でもあり、宿場町として栄えたという。

 資料館は、明治40年(1907)に若桜銀行として建設された建物を、昭和56年(1981)の山陰合同銀行若桜支店の建て替えの際に譲り受け、移築復元したもので、江戸時代末期の豪商の屋敷を思わせるような、土蔵造りの重厚さがある。

 館内には、若桜の人々が使っていた民具などが多く展示されていたのはもちろんのこと、江戸時代中頃に鳥取藩の支藩として若桜藩が成立した影響か、甲冑や武家にゆかりのある品々の展示もあった。また、資料館に隣接して、庄屋だった三百田氏の旧家も保存されているほか、若桜町の特産物である木工品の加工ができる、たくみの館という工作室も併設されており、体験教室なども開かれている。

 

最終訪問日:1996/6/18

 

 

中に置いてある展示物も、名も無い普通の人が使い込んだ物が多く、年季が入っていて、使いこなされたもの独特の、いい道具としての雰囲気がありましたね。

三百田氏住宅のほうは、元々庄屋の家であっただけに、のどかでゆったりとした雰囲気が抜群で、富裕な農家の落ち着いた佇まいがありました。

こんな古民家に1泊できたら、のんびりできるでしょうね。