Mottyの旅日記 Archive

Mottyが巡った場所の記憶と記録

朽木資料館

朽木資料館

 朽木谷に関する歴史や民俗資料を展示する資料館。

 訪れた時は、まだ朽木村が存在していたため、朽木村郷土資料館という名前だったが、平成17年(2005)に高島郡の大半が合併して高島市が誕生したことにより、現在の名称となった。

 中世の鎌倉時代から江戸時代まで、朽木谷の領主であった近江源氏佐々木氏流朽木氏の本拠があった朽木谷城跡、そしてその上に構築された朽木陣屋跡に建っており、展示内容にも朽木氏の歴史が多く反映されている。

 朽木氏は、源頼朝の草創の功臣として近江守護に任ぜられた佐々木定綱の四男信綱が、承久3年(1221)の承久の乱の功で朽木荘の地頭となり、その次男高信の孫義綱が朽木を称したことに始まるといい、室町時代には将軍家に仕えていた。このこともあり、京から追われた12代将軍足利義晴や、その子で13代将軍足利義輝を朽木谷に迎え、居館と庭園を造るなどしており、朽木地区には今もその庭園跡が残っている。

 その後、戦国時代末期には織田信長豊臣秀吉に仕えて家を保ち、慶長5年(1600)の関ヶ原の合戦では東軍に寝返って朽木谷を安堵された。子孫は朽木谷から動くこともなく、明治維新まで領主であり続けたが、鎌倉時代から江戸時代まで領地が移されることなく統治し続けたのは、島津氏など非常に僅かであり、朽木谷の歴史と朽木氏は切っても切れない間柄と言える。

 資料館には、大正時代に行われた陣屋に関する調査や、この資料館を建設する際に発掘された中世の遺物などが展示してあり、郷土館と言いつつ歴史資料館の色が濃い展示もあった。また、木材が名産であった朽木谷らしく、杣人の生活や、それに関連する木地師道具類の展示もされており、村内の文化財の写真や古文書も展示されている。入館料は無料。

 

最終訪問日:2001/8/24

 

 

入館の際に、館員の方から歴史をまとめた資料を貰えました。

地元でまとめた資料だけに、詳しくて有り難かったですね。

また、村内のことを質問すると、丁寧に答えてくれて非常に良い感じで、有意義な時間になりました。